2020/10/13

歴史から見えてくる課題は何か?(14)

 

 

朝鮮戦争勃発から高度経済成長期へ

 敗戦により、極貧の生活を強いられていた日本人を救ったのは、皮肉なことに次の戦争だった。

 1950年に始まった朝鮮戦争の影響で、日本は51年にサンフランシスコ平和条約を締結して独立し、また自衛隊の前身である警察予備隊が創設された。そして日本は、朝鮮戦争を支える物資の補給基地になり、米軍は日本から大量の物資を買い付け、日本は一転して朝鮮戦争ブームなどと呼ばれる好景気に見舞われた。

 

 その後、55年ごろから1973年頃まで、日本は急速な経済成長を遂げた。これえを「高度経済成長期」と呼び、60年代には筆者の大学の給与は毎年1割も上昇した。今から見ると、夢のような時代である。そして、医療と公衆衛生の近代化も進んだ。

 抗生物質やワクチンが普及して、多くの感染症の予防と病気の治療ができるようになり、麻酔薬の発達で安全で苦痛がない手術が可能になった。その結果、明治時代には40歳代だった平均余命が戦後は50歳、そして平成に入ると70歳を超えたのである。

 

QOL向上のための秘薬登場

 長寿社会になると、それ以前には少なかった病気が増えた。高血圧、糖尿病、脂質異常などの生活習慣病である。その結果、心臓疾患と脳梗塞、そしてがんと認知症が急増した。しかし、これらの疾患の有効な治療薬はほとんどない。また、生活が豊かになると、人々が求めるのは若さや健康の維持、ダイエットという生活の質(QOL)の向上だが、そのための医薬品は、96年に発売された養毛剤ミノキシジル(リアップ)と、99年に発売されたバイアグラ、そして健康維持のためのビタミン剤などだ。

 

科学不振が生んだ健康食品

 長寿社会を作った高度経済成長の暗い面として、水俣病、四日市ぜんそく、光化学スモッグなどの大規模な化学物質公害が発生した。その結果、人々の科学に対する信頼は揺らぎ、化学物質に対する反発や医療に対する不信が生まれ、自然や天然へのあこがれを広げた。

 そのような科学に不信を持つ人を取り込み、がん治療などの近代医療の恩恵が届かない影の部分を埋める形で、古くからの伝統医療に用いられてきた「食品」が「健康食品」という衣装をまとって再登場した。

 

 84年の「経済企画庁国民生活局編『健康食品』の販売等に関する総合実態調査」によれば、当時、販売されていた健康食品は乳酸菌飲料、朝鮮ニンジン、にんにく、スッポン、ローヤルゼリーなどの昔からある食品で、化学物質はビタミンCくらいだった。こうして医療の発達は人々に健康と長寿をもたらしたのだが、人々に十分な安心と満足をもたらすことにはならなかった。そして、不満の受け皿になったのが民間医療と健康食品だった。

 (つづく)