2020/10/09

歴史から見えてくる課題は何か?(13)

 

戦中戦後の医療改革

 昭和に入ると軍部の力が強くなり、1937年に日中戦争が始まった。翌年には国家総動員法が制定され、権力が政府に集中した。

 医薬品は国の統制物資となり、その製造と販売は国が支配する日本医薬品生産統制株式会社と日本医薬品配給統制株式会社が行った。43年には薬事法が制定され、品質の適正化と不良医薬品の取り締まりが行われた。その結果、統制以前には40万種あったとされる医薬品の大部分が廃止されて、約6,000種に統合された。結果、江戸時代以前からの処方など、明治政府以後の規制を逃れて生き残っていた医薬品の大部分が消えた。しかし、その一部は医薬品ではなく、健康食品として生き延びることになった。

 

 45年に日本は敗戦を迎え、連合軍総司令部(GHQ)が日本を支配することになった。47年には日本国憲法が制定され、政府に集中していた権力は分散されることになった。その一環として、また、物資不足による粗悪な医薬品の流通に対処するため、48年に新たな薬事法が制定され、医薬品の製造・流通は政府または都道府県知事への登録制に変更された。

 

 GHQは日本の医療制度の改革を計画し、欧米のシステムに倣って、医学・歯学・獣医学の教育を6年制に変更することを政府に勧告した。医学と歯学は直ちにこれに従ったが、獣医学だけはこれを見送り、6年制教育が実現したのはそれから40年近く後の1984年だった。

 

あん摩・鍼灸などが国家資格へ

 さらにGHQは「柔道整復術を含む武道の廃止」を命じ、「あん摩や鍼灸は非科学的であり、衛生的ではない」として禁止した。しかし、あん摩や鍼灸は視覚障害者の職業として確立していたため、業界などの強い反対運動が起こり、その結果、47年に「あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律」が制定され、国家資格として認められることになった。その後、64年にはこの法律に柔道整復師が加わり、70年に「柔道整復師法」が単独法となって現在に至っている。

 

 戦後、いくつかの民間療法が日本に入ってきた。古代インドで生まれたアーユルヴェーダ、1800年ごろドイツで生まれ、毒や薬を極端に希釈した水を治療に使うホメオパシー、1895年に米国で生まれ、骨格の異常を矯正することにより体調を整えるカイロプラクティックなどである。これらは正規の医療として認められていないが、利用者の多くは治療法として期待している。 

 (つづく)