2020/09/14

歴史から見えてくる課題は何か?(12)

 

脚気の治療薬「オリザニン」を発見

 脚気の原因が分かったのは1910年だった。東大農学部教授の鈴木梅太郎は、実験動物に白米を食べさせると脚気になり、米糠、麦、玄米を食べさせると治ることを見つけたのだ。

 そして、米糠から有効成分を抽出して「オリザニン」と名付けた。食事と健康の関係が科学的に示された画期的な研究だった。これで、脚気の原因も治療法も見つかったはずなのだが、問題はそんなに簡単に解決しなかった。

 

 当時の医学界では、あいかわらず脚気は伝染病か、毒物による食中毒と考えられていた。そんな中で、医学とは無関係の農学者である鈴木が、脚気の原因は食品だ、と言っても、医学界から無視された。明治時代に高木兼寛が麦飯で脚気を予防し、その時から脚気と食品の関係がたびたび議論されたのだが、医学界の主な意見は「病気が食品で治るはずがない」というものだった。

 

 オリザニンは脚気の治療薬として使われたのだが、その効果はそれほど強くはなかったことも鈴木の説が受け入れられなかった原因の一つだった。オリザニンに含まれる、脚気に有効な物質は、ビタミンB1なのだが、これは飲んでも吸収されにくい。だから、オリザニンを飲んでもそれほど効かなかったのだ。さらに、脚気に苦しむ人は多かったのだが、オリザニンは高価な薬で、一般の人には広まらなかった。

 

人気のビタミン剤「アリナミン」

 この問題を解決したのも、食品だった。ニンニクに含まれるアリシンという成分とビタミンB1が反応すると、飲んでも簡単に吸収される物質ができることが、1950年に分かったのだ。この物質は体内でビタミンB1に戻り、脚気の利用に強い効果を示した。そこで、武田薬品がこの物質を製品にすることに成功し、「アリナミン」と名付けた。アリナミンが医薬品として使われるようになると脚気の患者は激減し、1950年には4000人近くいた患者が、1965年には95人になったという。

 その後、アリナミンは神経痛にも効果があることが分かり、人気のビタミン剤になった。脚気や神経痛の患者が少なくなった現在は、「疲れに効く」ことを宣伝文句にして販売されているが、アリナミンには脚気という日本の国民病を解決した功績がある。それだけではなく、江戸時代には多くの人が信じていたが、明治以後は医学者により否定され続けた「食薬同源」という考え方には科学的な裏付けがあることを証明した功績も大きい。 

(つづく)